S'sWine ひとりごと過去ログ

ワインサイト「S's Wine」のブログの過去ログです。 2006年5月までのエントリーをこちらに掲載しています。最新版は、【話飲徒然草】にて更新しています。

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http://plaza.rakuten.co.jp/szwine
話飲徒然草(旧S’sWine)

↑こちらで更新しています。
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昨晩は、外食だったので、帰宅後ワインを開けずに、カンパリソーダ作って飲みました。

楽天のブログを始めて3週間になりますが、やはりこのままの状態でずっと続けるのはキビシイなあと思い始めています。

楽天ブログのすばらしい点は、
1.メールへの返信でエントリーをアップできる機能
2.アフィリエート機能(アフリエート自体は期待していないが、楽天の品の画像を合法的に使えることが大きい。)
3.アクセス解析やアクセス者の履歴などの機能が充実している点
など、私にとって捨てがたい魅力があります。

しかし、一方で私の場合、FC2の方にすでに相当な量の過去ログが蓄積されているのが問題なんですね~。両ブログ間にはデータのやりとり機能がないので、今まで書き溜めた過去ログを移行することはできませんし、FC2の方をブックマークしてくれている方が多い現状を思うと、なかなか楽天に一本化する決心がつきません。これに加えて、半ばアーカイブと化している本館の更新をやめるわけにもいかないので、現状は、同じ記事を3回アップする羽目に陥っています。
もう少し様子をみようとは思いますが、期待したほど世界も広がらない現状では、やはり楽天からは撤退かなあ、という雰囲気です。う~ん、楽天ブログ、使いやすいんで捨てがたいんですが‥。 このページのトップへ
先週末、近所の「世田谷公園」で環境ネットフェスタなるイベントがあり、子供たちと行ってみました。模擬店やバザーなどがあって、小さな祭みたいなものでしたが、その中で異彩を放っていたのが、表記イベント。金魚すくいの間違いではありません。公園にあるプールのプール開きを控えて、プールの中を掃除しなければならない。そうすると、プールの中に大量に産みつけらて育った、トンボの幼虫(ヤゴ)たちも死滅してしまう。この界隈には、トンボが産卵できる場所が他にないので、みなここに産むらしいのです。それで、子供たちが網とバケツでヤゴを捕獲して持ち帰れるイベントを企画したそうです。ほとんど飛び入りで参加した私たちでしたが、網と容器を借りて、すくってみると、いるわいるわ、簡単に十匹以上採れました。私たちは水の中まで入れる服装ではなかったので、プールサイドから網を伸ばしてすくっただけでしたが、水の中に入れれば、もっといくらでも採れた感じです。さて、そのヤゴたちをどうやって持ち帰ろうか、ということになり、容器を持参しなかった私たちは、近所のコンビニで、プラスチック容器のサラダを買って、中身をその場でカミサンに食べてもらい、それに入れて持ち帰りました。ヤゴなんて見たのは久しぶりでしたが、いるところにはいるもんですね。こうして子供たちも喜んだし、私たちも楽しめたヤゴすくいでしたが、悲劇はそのあとやってきました。その晩、私は(前のエントリーで書いたように)友人たちと外食だったので、ヤゴの容器はカミサンが持ち帰りました。虫嫌いのカミサンは、容器ごとバルコニーに置きっぱなしにしておき、それを翌日バルコニーで遊んでいた子供たちが、おきまりのようにひっくり返してしまったのです。私が会社から帰ってみると、そこにあったのは、無残にひっくり返って、泥しか残っていない容器と、瀕死の(というか、ほとんどすでに死に絶えた)ヤゴたちでした。彼らにとっては、あのままプール清掃まで生きながらえたほうが、まだ幸せだったのかもしれません。ちなみに、このヤゴたち、ちゃんと育てたとしても、共食いとか、うまく脱皮できなかったりとかで、無事トンボになるのは10匹に1匹程度だそうです。 このページのトップへ
「楽天ブログ」で第二別館の試験運用を始めてみました。
http://plaza.rakuten.co.jp/szwine

なにが魅力かって、楽天ブログは、メールへの返信で記事をアップできるのがとにかく便利です。その他、SNS的な機能をいろいろ取り入れていて面白いですね。ただ、画像ファイルの総容量は50MBとこのFC2ブログとは比較にならないぐらい少ないし、その他FC2に比べて不便と思う機能もいくつかあります。

当面サイマル運用してみて、テーマによってFC2と棲み分けるか、あちらに全面移行するか、あるいはやっぱりFC2だけでいくか考えます。 このページのトップへ
業務連絡です。

ICHIROさま、メールを出しても配信不能で戻ってきてしまいます。今、生きているメルアドをお知らせください!

P.S.例の件、OKです! このページのトップへ
意気消沈です。
筆記試験は、全部で60問(ということは筆記が60点?)出題されまして、恐れていたような奇問の類もそれほどなく、おそらく9割5分ぐらいは正解出来たと思います。ところがこれで安心して気を抜いたたわけでもないのですが、テイスティングの方で痛恨の失敗をやらかしてしまいました。

そもそも一問目の白からして何だかわからずつまずいたのですが、それ以前に、たくさんある候補一覧の中から指定された数の言葉を選んでマークシートに記入するという試験方法が私にとっては初めてで、思いのほか要領がつかめず、隣の受験者の方がいいペースでスラスラと回答してるのもまた私の焦りに拍車をかけて、冒頭から頭の中が真っ白になってしまいました。白の正解はシャルドネ(たぶんシャブリ)でしたが、私はブログでの予告どおり?リースリングと回答。
次のグラスは、スパイシーな典型的シラーでしたが、これも国名のオーストラリアをフランスと回答。後で思えば、あのいかにも補酸っぽい味わいは、どう考えてもオーストラリアだろ~ってところなんですが。
一番悲惨だったのは3問目のグラス。普通に考えればピノに行き着くところを、熟成感のある色合いに加えて、香りがあまり出ていなかったこともあり、熟成したネビオーロではないかとあらぬ方向に推理?を働かせてしまいました。ブラインドって怖いもので、いったんこうと思い込むと、本当にそんな味に思えてくるんですよねぇ。冷静になって考えれば、ネビオーロがああなるにはかなりの熟成を経なければならないわけで、なんであんな風に答えてしまったのだろうと自己嫌悪に陥ります。この問題でネビオーロって答えたの私ひとりかも‥。心のどこかに、シニアの試験なので捻った問題も出るだろうという先入観があったのかもしれません。完全に頭の中が空回りしていました。
4杯目は、スピリッツではなくて、甘口ワイン。このときにはもはや前の3本でほとんど時間を使い果たしてまして、一瞬香りを嗅いで口に含んだだけで、ソーテルヌと回答。正解はヴィダルのアイスワインでしたが、まあこれは実力でしょう。

というわけで、4問中3問外しました、ハイ。というか、正解の1問も国名間違えたから限りなく全滅のようなものです。とにかく悔いが残るのは、舞い上がってしまって冷静な思考能力を失ってしまったことと、決められた数の用語をマークシートに記入するという試験方式を一度も練習せずに試験に臨んだことです。
いやはや、全くもって、テイスティングをナメていました。
もっと試験に即したブラインドテイスティングを練習しておかねばならなかったなあと今更ながらに思いますし、せっかく筆記がいい線いったのに残念至極です。メジャーリーグでは、この日松坂がヤンキース戦でボカスカ打たれながらも、味方の大量援護でラッキーな白星を挙げました。私もそうあってほしいと願うばかりですが、テイスティングでの品種や国名などへの配点が大きかったら、それもかなわぬ夢でしょう。って、その前にこの体たらくでは足切り食らうかもしれませんが‥。
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前回のエントリーからかなり間隔が開いてしまいましたが、久しぶりにご先祖探しネタです。今回は、「近世編」です。

前回までのエントリーはこちらの下のほうをご覧ください。

さて、これまでの調査で
~我が家の先祖は、彦根藩の下級藩士だった。
~といっても、最初から彦根藩に仕えていたわけではなく、享保年間までは「森」という姓で、京都町奉行所勤めだった。それが何らかの理由で職を辞し、4年の浪人の後、彦根藩召抱えになり、苗字も変えたらしい。なぜ苗字を変えたかは不明。
~彦根藩では、「十右衛門」または「重右エ門」という通名を代々世襲していた。仕事は藩主の家族の身の回りの世話や、藩校の先生などをしていたらしい。

ということが判りました。親戚の家に行った際、そんな話を披露したら、面白がって聞いてくれて、後日、私の父の代の本家筋の従兄弟の有志が編纂したという、曽祖父やその前後の代の記録を記したメモのコピーを送ってくれました。
読んでみると、「代々嵯峨源氏の嫡流」とか「彦根藩では代々勘定奉行をつとめた」とか、今となっては、明らかに「それは違うだろ~」と突っ込みたくなる記述もあるのですが、まあその辺は目をつむるとして(ご先祖の歴史とうものは美化したくなるものなのでしょう(^^;)、興味深いのは、そのメモには、私が訪れた際には見せてもらえなかったお寺の「過去帳」の記録からの情報多くが含まれていたことです。
ということで、新たに入手したメモと、私がそれまで調べた記録とをもとにざっと、近世のご先祖の足取りをまとめてみました。まるで「北の零年」の世界です。

■重右エ門(曽祖父の父→ということは何と呼べばいいのでしょうか?)
メモには勘定奉行を世襲していたと書かれていますが、これはおそらく誇張で、勘定方にでも勤めていたのでしょう。自宅は現在市役所前の大通りになっている所にあったそうで、石高は90石だったようです。
この当時の彦根藩の藩主はといえば、桜田門外の変で殺害された、かの井伊大老。まあ、私のご先祖がお目見えできるような身分だったのかは判りませんが、歴史上の人物と身近なところにいたと思うと不思議な感じがします。桜田門外の変が起こったのが、重右エ門41歳のとき。当人は明治5年に53歳の若さで亡くなっていますが、晩年は歴史の大きなうねりの中でさぞ苦労したであろうと想像できます。

■機平(上記重右エ門の長男=曾祖父の兄)
嘉永元年(1848年)出生。16歳の時、初陣で蛤御門の変に参加したものの、幕軍に利なく、槍一本を担いで逃げ帰ってきたというエピソードがメモに書かれています。
明治4年、廃藩置県が実施され、禄を離れた彦根藩士たちは集団に北海道(釧路)に移住しました。機平も、父重右エ門の死去(明治5年)後、屋敷を担保にお寺(私が前回訪れた円常寺のこと)に50円の借金をして、嫁の「末」と弟の「篤三郎(=私の曽祖父)」を連れて北海道に渡ったそうです。当時、機平は25才、篤三郎10才。漢学に秀れ、小学校で教鞭をとっていたようですが、妻の末は子供を残すことなく、32歳で死去。家禄を弟篤三郎に譲って、大正2年62歳でなくなっています。

■篤三郎(曽祖父)
重右エ門の末子三男として出生。(次男は3歳で死亡)姉たちの中には器量良しが多かったそうで、そのうちの一人が家老の下に嫁ぎ(幕末から明治にかけてですと、もはや身分の差などはあまり問題にならなかったのでしょうか?)、その血筋からは後の交通公社の社長などが出ている、なんていう自慢話がメモに書かれていました。曽祖父自身の生い立ちは明らかでありませんが、成人して網走刑務所の看視(!)となり、囚人を引率して炭鉱の開発にあたっていたようです。その間、自らも炭鉱開発を学び、炭鉱技師としての技術を習得。道内の「常盤炭鉱」の開発にあたったり、北九州の「筑豊炭田」の開発に出向いたこともあったようです。ただ、九州での仕事は結局うまくいかず、また北海道に戻ってきたようです。夫人(というか、私の曾祖母のわけですが‥)の「さだ」は、慶応3年、岐阜藩の足軽金森家の長女として出生。金森家は維新後、夕張で呉服店を営んでいたとのことですので、あちらで見合いでもしたのでしょうか。16歳で曽祖父のもとに嫁ぎ、私の祖父を含む12人の子供を設けました。曽祖父は、炭鉱技師としてはそれなりに成功したらしく生前はわりと良い暮らしをしていたようですが、大正3年に52歳の若さで亡くなった後、曾祖母は幼子を抱えて困窮したそうです。

■祖父のこと
どうも我が家の家系は短命の血筋らしく、私の祖父も私が4歳の時に亡くなったので、祖父に関する記憶はほとんどありません。生まれは北海道の留萌郡。祖母も同じ北海道の札幌「南37条西」の生まれだそうですが、出自はまったくわかりません。
前述のとおり、曾祖父が早くに亡くなったため、若いころは、家庭が困窮して苦学だったようです。戦前は建築士として「浅野炭鉱」ゆかりの「浅野建設」という会社で働いていたとのことで、私の父親も「雨竜町」というところにあった会社の社宅で生まれたそうです。(もっとも、父からも祖母からも、生前北海道時代の話というのは一度も聞いたことはありませんが‥。)戦後、都内(永福町)に移住。浅草の「雷門」の再建や新宿のミラノ座だかスカラ座だか(忘れました)の設計に携わったとかで、サンプルでもらったのか、私の幼い頃は、ベランダに映画館のイスが一脚置いてあって、よくそのイスで遊んだものでした。所属していた建設会社では専務にまで昇進したそうで、亡くなったときは新聞に訃報が載ったりしていたようですから、それなりの会社だったと思うのですが、どこぞと合併でもしたのか、あるいは倒産したのか、今となってはネットで探してもその会社の名前を見つけることはできません。また、祖母が生前あれほど自慢していた、雷門の再建について、関連の記事を検索しても、祖父や祖父の会社のことまでは出てこないのが残念といえば残念です。(ちなみに再建にあたり寄進したのは松下幸之助だとか‥)


享保の時代の先祖のことまで調べたことを思えば、祖父や祖母のことをもっと詳しく調べるのはたやすいことですが、この時代の話になるとさすがに生々しすぎるというか、触れてはいけない部分もあるようで、気が引けてしまいます。まあ、それらは私の子供の代にでも任せることにします。

ちなみに、本家の方々とは現在は全くつきあいはありませんが、東京で建築事務所をやっている方もいるようです。北海道時代からの流れを考えると、建築を志す人がいるのもうなずけます。もっとも私自身は全然違う業種ですが。(笑)
今回、祖父や父が生まれた場所まで特定できたことは収穫でした。(というか、この年になるまでそれすら知らなかった。)北海道出身の友人などは、「留萌って何もないところですよ~」と言いますが、次は、留萌をぜひ訪れてみたいと思い始めている私です。 このページのトップへ
独身の頃、一時ヴィトンに凝ったことがあって、その時の勢いで大小のカバンや小物の多くをエピやらタイガやらで揃えているのですが、ヴィトンといえどもさすがに10年を超えると、痛みが酷くなってきます。特に、(これはヴィトン愛用者の多くが指摘する点ですが)内張りの皮がはがれてボロボロになってくるのが大きな悩みです。それもベタベタとした感じで剥がれてくるので、カバンの内ポケットに書類やアクセサリーを入れておくと、いつのまにか真っ黒になってしまいます。日常使っているカバンやセカンバッグについては、仕方ないので内ポケットの部分にガムテープを貼ったり、あるいはポケットそのものを切り取ってしまったりして、ここ数年だましだまし使ってきたのですが、先日ついにファスナーまで壊れてしまいました。そんなところに、同じカバンを使っている友人が内皮を張り替えたという話を耳にしたので、ダメもとで銀座のリペアセンターに持ち込んでみることにしました。
受付のオネエさんは、ガムテープが張られていたり、一部切り取られたりした内装を見て、ギョッとしていましたが、一応工場に預けてみましょうということで、待つこと3週間、先日無事戻ってきました。
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修理前の写真がないので、わかりにくいかもしれませんが、内ポケットの皮はすべて張り替えられ、切り取ってしまったポケット(内側ファスナーの部分)もきれいに再生されていました。おまけに怪我の功名とでもいいますか、ファスナーが新品になったものですから、外見上もずいぶんと若返った気がします。‥といってもさすがに手で持つ柄の部分の変色などを見れば、12年の歳月を感じずにはいられませんが。
修理代金は、ポケットひとつあたり8000円~9000円、ファスナー交換も同程度。私の場合、ポケット3箇所とファスナーを修理したので、合計3万以上かかりましたが、これであと10年使える(というか、使うつもりです)と思えば決して高くはないだろうと自らを納得させています。なんといっても愛着あるしね~。
ちなみにこのカバン、一瞬新しく買い換えようかとも思ったのですが、店頭の21万円也のプライスを見てあっさり諦めました。ちなみに私が買った時は、現地で10万円チョイぐらいだっと思います。ユーロ高おそるべし。

調子にのって、セカンドバッグの内張りも修理しました。こちらもまだまだ使えそうです。
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私はいい年こいて、生まれ変わったら漫画家になりたいと思っているぐらいの漫画フリークなんですが、一方で、週間雑誌で毎週毎週連載するのは、さぞ大変だろうなあと推察致します。ささやかながら私が連載している某ワイン誌のコラムなんて、年たったの4回なのに、それですら毎回締め切り直前になると、筆が一向に進まなくて焦りまくりますから‥。(今、ちょうどそういうタイミングだったりします。(^^;)
それでもやっぱり、2週連続休載はやめてほしいぞ>『赤灯えれじい』

私のオフィスビルのロビーには「エクセルシオールカフェ」が入居しています。スタバなどでマイカップを利用している人を見て、常々カッコいいなあ、と思っていたので、私もここで売られている専用のマイカップを購入することにしました。
ところがこのカップ、レジで値段を聞いてビックリしました。エクセルシオールのロゴの入っただけの、なんの変哲もないステンレスのマグカップなのに、値段は1400円だというのです。
そのからくりはこうです。
マイカップで購入すると、値段が毎回20円引きになります。要はその分の先払い分がお値段に含まれているわけです。普通に考えれば、このカップのお値段はいいところ400円ぐらいでしょうから、20円×50回→1000円、すなわち50回このカップでコーヒーを買えば回収できることになり、そこから先はお得、ということになります。
私の場合、二日に一回はここで「本日コーヒー」買ってるので、半年もすれば元はとれる計算になります。
‥というようなことを瞬時にレジのところで計算して、結局1400円のマイカップを買ってしまったのですが、買ってみて「想定外」なことが二つありました。
一つ目は、毎回カップを洗うのが思いのほか面倒くさいということ。もうひとつは、このカップを持って入構ゲートを出入りするのは、受付嬢の視線を感じたりして、かなり気恥ずかしい、ということです。
とりあえず今日で3回マイカップ使いました。あと47回、頑張ります。…って、アホやな。 このページのトップへ
そのまんま東氏が、宮崎県知事当選しましたね~。頑張ってほしいものです。

上の子が正月に続いてまたまた発熱。下の子もここ1、2週間、喘息気味の咳が続いています。こういう状況が続くと、夜中にクルマで病院に担ぎ込む、なんていう最悪の事態も頭の片隅においておかねばならないので、なかなかワインに手を伸ばしずらくなります。加えて、私自身も風邪をうつされたのか、ここ数日偏頭痛が続いていたので、先週の土日はきっぱりと酒を断つころにしました。
疲れきっていた私の胃腸にとっては、つかの間の休息になったと思いますが、週があければ、今日明日とまた新年会続きです。月曜日から飲み会というのもツライものがありますが、極めつけは明日。19時からと21時からの二段詰みなんです。どちらも得意先との会なのでバックれるわけにもいかず、21時からの会に至っては、いったいいつ終わるんだろかという危惧もあり、今から憂鬱です。
子供の方は、幼稚園で水曜日にイベントがあり、それまでに治すことがマスト。火曜日は保護者の会で、子供をおじいちゃんに見てもらってカミサンだけ登園と、今週は我が家にとってはキツイ一週間になりそうです。

おっと、昼休みも終わりなんで、この辺で‥(^^;
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shuz
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